フィリピン 一覧

2021年08月02日

【オンラインイベント告知】ハンズ・オブ・ラブ・フィリピン WEBフィリピン現地活動報告会


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HOLPFI現地活動報告会.pdf


8月 28 日(土) / 29 日(日) ※両日共内容は同じ
時間:19時30分 ~ 21時
参加:無料
オンラインツール:Zoom
申し込み:申込サイト又はお電話から
内容:持続可能な開発と人財育成
持続可能な開発のカギは、人々の行動変容ですが、それが社会全体に影響を及ぼして行くには時間がかかります。人々の行動の変化を促していく為の支援活動をどのようにおこなっているかを紹介します。


お申し込みはこちらをクリック

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2020年04月07日

【フィリピン】西南学院大学 ワークキャンプ体験記2


フィリピンが教えてくれた笑顔の大切さ
井上 碧 人間科学部心理学科
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 私がこのワークキャンプに参加した理由は、海外でのボランティアに挑戦してみたいという思いとともに、フィリピンの貧困地域の様子や人々の暮らしを実際に自分の目で見てみたい、というものであった。

 フィリピンに着いて最初に気づいたことは、空港から私たちが泊まる宿へ移動する際、賑やかなマニラから離れるにつれて建物や人、車が少なくなり、街の灯りがなくなっていったことである。これがフィリピンの都心部と田舎の裕福度の差を感じた最初の瞬間であった。

 フィリピンでの生活は、布団の上にはアリがいるし、お湯は出ないし、トイレを流す水でシャワーをするなど、最初は抵抗もあり、日本に比べて便利な生活であるとは言えなかった。しかし、そんなことも忘れるくらい、フィリピンの方たちには笑顔があふれていた。

 様々な活動の中で、現地の方の温かさを感じる機会があった。教会でペイントの作業をするとき、「大丈夫?」と気にかけてくれたり、困ったことがあるとすぐに対応してくれた。また、竹のスティックを作っているお宅へホームステイに行ったときは、手をとって何度も何度もスティックの作り方を教えてくれた。ボランティアをするために行ったはずなのに、いつもフィリピンの方たちは私たちのことを気にかけ、助けてくれた。また、目が合えば必ず微笑みかけてくれることがとても印象的であった。

 貧困とは、辛くて笑顔の少ない生活。このようなイメージをフィリピンに行く前の私は抱いていた。しかし、そんなイメージは11日間でなくなった。皆いつも笑顔で幸せそうだったからだ。それは大人だけでなく、子どもも同じであった。私たちの宿の周りにいた子ども達は、突然やって来た私たちを笑顔で迎えてくれ、おいかけっこして遊んだり、抱きついてくれたり、名前を覚えてくれたりした。活動後疲れて宿に帰って来た日も、子ども達が笑顔で迎えてくれると疲れが吹っ飛ぶようであった。

 フィリピンで、私たちが行ったボランティア活動以上に大切なことを教えてもらった。それは、貧困=不幸ではないということ。笑顔でいることが一番であること。これが、日本で私が一番伝えたいことである。最初は慣れない生活に早く帰国したいと思うこともあったが、最後にはまた行きたいと思うほどフィリピンが大好きになった。ワークキャンプに参加して素敵な経験ができたこと、現地の方や西南のメンバーに出会えたこと、本当によかったと心から思う。この経験を多くの人に伝え、また、今後もボランティア活動を続けていきたい。

ただの7日間
徐連月 神学部神学科
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 出発する前に、学校で何回の事前研修をしました。その時、「個人的に現地の子供たちに物をあげないでください」と先生たちが教えてくれました。現地FHのスタッフさんも同じ言葉をおっしゃいました。彼らが支援する時、支援される側に物をあげないということを心掛けているそうです。彼らはこのことによって、地域の人を自立できるように支援しています。FHは地域の人たちの中からリーダーを育ち、地域の方々が自分たちで開発し、自ら立てることを望んでいるそうです。また、地域の子供たちの教育も心掛けているそうです。図書館を建てて、地域の子供達が本を読む機会を提供しています。小学校に入る前の子供達の教育も担当しているそうです。「全ての子供達が教育を受けられるように」とFHのスタッフさんがおっしゃいました。FHの方が教育の面、生活の面の両方を見て、その改善のために地域に奉仕していることを知りました。彼らがなさっている活動を通して神様の姿を見出しました。

 フィリピンではタガログ語を話しますが、私は現地の子供たちと同じように簡単な英語しか喋れません。お互いが相手にはっきりと自分の気持ちを伝えることが難しかったです。しかし、言葉が通じなくても、共通するものはあります。それは笑顔です。「君と出会って嬉しいよ」の笑顔、私の名前を覚えてくれて嬉しく感じる時の笑顔、自撮りを誘って喜んで写真を撮る時の笑顔、お互いの壁画を「いいね」と褒め合う時の笑顔、食べ方を教えている時の優しい笑顔など。喜び、感動、気になる、心配、理解、尊敬、色んな感情が入っているいるみんなの笑顔が私の心を温めてくれました。活動が終わりましたが、その日その時、みんなの笑顔を今でも鮮明に覚えています。これからはそのような素敵な笑顔を多くの方々に伝えていきたいと思っています。

 私はただ7日間の活動しかしてなかったのですが、フィリピンで色んなことを体験しました。海外で壁塗りと壁画を作成し、グループでダンスを披露しました。メンバー全員のチームワークなど、たくさんのことを学び、考えさせられました。短い期間でしたが、今回の海外ボランティア活動に参加できて良かったです。感謝しています。


11日間での貴重な体験
草柳あみ 人間科学部心理学科
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 私は、この11日間でなにものにも代えられない貴重な経験をしました。もちろん、最初は日本と全く異なる生活様式であるフィリピンになじめるのか、言葉が通じない中でうまくやっていけるかなど不安な事ばかりでした。しかし、現地のスタッフさんや町の人々は本当に温かく私たちを迎え入れてくださり、とても居心地の良い生活を送ることができました。

 11日間フィリピンで生活してみて、フィリピンの人々は常に明るく笑顔で、私たちを当たり前のようにもてなしてくれたり、気遣ってくれたりすると強く感じました。日本に比べて電気や水道設備がきちんと整っておらず、あまり裕福とは言えない中でも自分たちの生き方にしっかりと幸せを見出し、その幸せを私たちにも分けてくれて、本当にフィリピンは素敵な国だと実感しました。また、子供たちとかかわる機会が多くありましたが、言葉はあまり通じなくても表情や動きで伝えてくれたり、名前を覚えてくれたり、かわいくて素敵な子たちばかりでした。フィリピンでの思い出の多くは、子供たちの笑顔であふれています。お世話になった養豚場の方は、仕事を1つ1つ丁寧に教えてくださり、「私たちを家族だと思って」と言ってくださったり、「もっと食べて」とたくさん食事を勧めてくださったりして、初めは養豚場に少し怖いイメージを持っていたけど、ここに選ばれてよかったと心から思えました。すべての出会いが貴重なものになり、まだフィリピンにいたいという気持ちが強く別れの時は寂しい気持ちでいっぱいでした。それだけ、フィリピンが素敵な国だったんだとしみじみ感じます。

 自分の目で見てみないとわからないことが多くあるんだと、今回のボランティアを通して体感しました。実際、私はフィリピンについて何も知らず、こんなに貴重な経験ができるとは思ってもいませんでした。だから、これからこの経験をした自分にしかわからないことを、自分の言葉で少しでも多くの人に伝え、知ってもらいたいと思っています。そして、他の国にも海外ボランティアに行って、その国についてたくさん知りたいです。今回フィリピンのボランティアに参加することができて本当に良かったです。かけがえのない経験をすることができました。ありがとうございました。


あなたへ
中島維吹  経済学部 経済学科
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 この報告書を読んでいるあなた。1年前、私も同じようにこの報告書を読んでいた。何気なく手に取ったそれを見て、私はこのプロジェクトに参加することを決めた。そして活動を終えて帰国した今の自分は、前の自分とは大きく違う。絶対に成長したと強く感じている。だからあなたにも、この報告書を通してプロジェクトに挑戦することへの後押しができたらと思い、このようなタイトルにした。

 まず初めに、フィリピンと言われてあなたは何を思い浮かべるだろうか。私は「貧困」「辛そう」など、非常にマイナスなイメージを持っていた。しかしながら、答えは違った。結論から言えば「幸せ」だった。実際、フィリピンは発展途上国で、日本よりも暮らしにくい。トイレは紙を流せないし、トイレ自体がない家だってある。風呂もお湯は出ないし、そもそも体の洗い方がわからない人だっている。けれでも私は「幸せ」だと思う。それはなぜか。ポイントは三つあると考える。一つ目は「コミュニケーション」だ。フィリピンの人はとてもラフである。すれ違うたびに挨拶され、少し距離があっても目に入れば手を振ってくる。ある日、現地の若者たちとバスケットボールをする機会があった。男女混合だったが何も気にしない。日本人だったら少しは怪訝に思うことも彼らは受け入れてくれる。本当に、誰が家族で誰が友達なのかが全く分からないのだ。二つ目は「無償の愛」である。現地でボランティア活動をされている方々と行動を共にできる機会があった。聞けば彼らは、子供たちの健康状況を把握するためにフィリピン全土の家々を巡り、5歳児未満の身長と体重を測定しているという。しかも無償で。こんなことが自分にできるだろうかと思い、彼らに感激したと同時に自分の未熟さも知れた。三つ目は「笑顔」だ。11日もの間フィリピンにいたが、現地の方々の訝しげな顔を私は一度も見たことがない。常に笑っているのだ。現地のお姉さんがこんなことを言っていた。「私たちはみんなに喜んでもらいたい。だからいつも笑ってるんだ。」と。素晴らしいことだと感銘を受け、改めて笑顔の力を思い知った。

 以上3つのポイントを述べたが、これらの根源が存在すると私は感じた。それは「隣人愛」である。フィリピンではキリスト教を重んじている。聖書には「隣人を愛すること」と書かれており、これが私の感じた全ての幸福に繋がっていると思う。

 ボランティア活動を全うしていた折、現地の男性からこんなことを言われた。「君たちは僕のヒーローだ!」と。時折「私はここに笑顔を届けに来たのに、逆に与えられてばかりではないか。」と思うことがあった。そんな時にかけられた声に、自分の行動が意味のあるものだと知れてとても嬉しかった。またこの活動を共にしたメンバーにも感激している。西南タイムで一人一人その日の感想を述べるのだが、みんな同じ場所で同じ時間を過ごしているのに、各々が気づいていないことに気付いている。とても刺激的な時間だった。この報告書を読んでいるあなたも、活動を共にする中で素敵な出会いが待っているだろう。

 最後に。何かを学ぶためには新しい一歩を踏み出し、体験しなければならない。そうして見たもの・感じた想いは、自身の想像だけでは何も理解できていなかったことを教えてくれる。ということを伝えたい。この11日間の出来事をこれからどう生かしていくか。私はさらに前へ進んでいきたい。

人々の温かさと思いやりを感じたフィリピンボランティア
木薮 実紀 人間科学部 児童教育学科
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 私がフィリピンでの海外ボランティアワークキャンプに参加しようと思った最初のきっかけは、挑戦しようと思ったことがあってもすぐに後回しにしてしまったり、逃げってしまったりすることの多い自分を変えたいと思ったことである。ちょうどこのような感情が高まっているときにこのワークキャンプが開催されることを知り、心が動かされ、参加を決意した。さらに、大学生である今、海外の現状について自分の目で見たり、実際に現地の方々とに交流したりする中で知ることで、そこでしか得られない経験を積み、自分の中に新たな知識や感情が芽生えることを期待した。

ボランティアメンバーとして参加できることが決まり、事前研修を重ねていく中で、大きな期待もあった がもちろん不安もあった。私自身、海外でのボランティア活動の経験はなく、フィリピンについても全くと 言っていいほど知識がなかった。配布された資料を読んだり、自分でフィリピンについて調べてみたりしてはいたが、知識はまだまだ不十分なまま、あっという間にボランティア活動の日はやってきた。

実際にフィリピンでの様々な活動を通して、確かに英語力等の知識も必要であるとは感じたが、それ以上にコミュニケーションを取ろうとしたり、心から人と接しようとする素直な気持ちが大切であるということに気づかされた。フィリピンの方々は温かい眼差しで真っすぐに目を見て、こちらと素直な気持ちで関わりを持とうとしてくれる。それは決して当たり前のことではないと思うが、フィリピンの方々にとってはそれは当たり前であると感じるような場面がたくさんあった。一例として、ボランティア活動の中で、教会のリ ノベーション作業があり、そこで壁にペンキを塗る場面があったのだが、疑問を聞こうとする前にすぐに気づいて教えてくださったり、表情一つにもすぐに気づき、気遣ってくださったことが挙げられる。フィリピンの方々は周りの事をよく見ていて、その思いやりの気持ちに見返りを求めるような感情はないように感じた。そのような素直で温かい思いを私も人に与えられるようになりたい、見習いたいと心から思った。さらに、消極的な自分を変えるために、積極的に人と関わろうと努力していたのだが、そんな私のことも優しく受け入れてくださった。

ボランティアとして活動を行っていたが、与えられたものほうが多かったことを実感している。そして、フィリピンの方々だけでなく、メンバーの皆も温かく、このメンバーで活動することができて本当に良かったと思う。初めに期待していた以上に自分を変えることのできるような新たな感情や経験を積むことができたことに感謝し、無駄となることのないようにこれからに活かしていきたい。そして、フィリピンの方々のように日々笑顔で楽しく過ごしていきたい。


ありがとうの大切さ、笑顔のすばらしさ
能美 泰成 人間科学部 社会福祉学科
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志望理由書に私は、日本とフィリピンの間に「笑顔の架け橋」を架けたいと語っていた。それで今回初めてフィリピンの海外ボランティアに参加させていただいて、実際に貧困が激しい村に行って村の人たちと共同生活を行っていたが、もう行く前から見えない笑顔の架け橋は架けられていた。決して村の状況としては、有意義なものではない。お湯がない、便座がない、自分たちの立場からしたらありえない光景なのに、フィリピンの人たちにとっては、これが常識であり、日常的なものである。フィリピンの人たちはこの生活は大変であるはずなのに、毎日満面の笑みを浮かべながら本当に楽しそうに会話している姿が見られる。私はその光景を毎日見てきて、日本とフィリピンの「距離感」の違いを感じた。日本は初対面の人には、思わず緊張してしまい壁を作ってしまうが、フィリピンではそんな概念がなく、気軽に話しかけてくれて、気軽に友達になってくれる。教会訪問の時も感じたが、同世代の男性から「バスケしよう!」って気軽に誘ってもらえた時も純粋に嬉しくて、幸せを感じた。だから日本では、自分を知るためによりたくさんの人との「出会い」を大切にし、その受け取った賜物(出会い)を大事にし、一歩ずつ成長していかなければならない。フィリピンに来てから様々な場面で、「笑顔」と「幸せ」の意味を深く考えさせられる機会が増えた。ここまでフィリピンの人たちが笑顔を絶やさない理由は、見えない信頼と団結力があるからこそであろうと感じた。ただ全ての村が決して笑顔であるわけではない。私たちは学習ツアーで、IPOダムというダムの川の先にある村に訪れた。

フィリピンがくれたもの
辻千里 国際文化学部 国際文化学科
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このフィリピンでの11日間は、「幸せ」について考えるきっかけをくれました。今まで私は、日本で不自由のない生活を送ってきて、自分が不幸だと感じることはほとんどなかったと思います。でも、ワークキャンプに行く前の自分が、胸を張って「幸せだ」と言えていたかというと、そうではありませんでした。一方で、フィリピンでの生活は、日本とはまるで違って、決して便利な生活とは言えませんでした。最初は戸惑い、11日間やっていけるのか不安な気持ちでいっぱいだったけど、気がつけばあっという間に最終日になっていて、まだ帰りたくないと思うほど、幸せな毎日でした。それは、現地の人たちから、たくさんの温かさを感じたからだと思います。活動する場所や内容は、日によって違って、その分感じること、考えることも様々だったけど、毎日変わらず感じていたのが、人々の温かさでした。目が合ったらすぐに笑いかけてくれる。言葉が通じなくて、伝えたいことが上手く伝えられないときでも、何度でも耳を傾け、理解しようとしてくれる。「困ったことない?疲れてない?よく眠れた?」っていろんなことを気にかけてくれる。そんな温かさに、自分自身も温かい気持ちになったり、疲れたときには励まされたりしました。些細なことかもしれないけど、これらのことが自分にとってはすごく嬉しくて、幸せでした。

また、リノベーション作業をした教会を訪れたとき、友達なのか家族なのか分からないくらい、みんな家族のように仲が良かったのが、とても心に残っています。1日体験でお世話になった家庭でも、近所の子ども達が集まってきて、家族とか隣人とか関係なく、にぎやかで笑顔があふれていました。その輪の中にいるだけで、言語は違っても、とても楽しくて、笑顔はまさに世界共通なのだな、と実感しました。一人で笑うことはできない。だから日本で一緒に笑いあえる誰かがいることに、もっと感謝して、周りの人のことを大切にしていきたいと感じています。

フィリピンの人たちのために何かしたい、という気持ちで参加したワークキャンプだったけど、たくさんのことをもらった11日間でした。自分の周りの環境が当たり前ではないこと、小さな幸せで溢れていること、人とのつながりの大切さに改めて気づかされました。たった11日間だけど、間違いなく自分の中で大きな11日間になりました。関わってくれたすべての人に感謝して、これからも自分にできることを考えていきたいです。

『他国の生活』での学び
濱田乃瑛 法学部 国際関係法学科
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私はボランティア・ワークキャンプに参加し、『貧困』に対する考え方が出発前と大きく変化しました。そもそも、今回応募に至った経緯は、高校の修学旅行で訪れたカンボジアで経験した、小さなボランティアがきっかけです。そこで、異文化に興味を持った私は、様々な国に行き他国の実生活を体験したいと思いました。そんな漠然とした考えと共に、恵まれた日本では気づくことのできない日常を、海外ボランティアで体感し、誰かの役に立てる活動が出来ればとも考えました.。

日本においての『裕福』とは、お金に不自由なく生活し教育や医療が満足に受けられること、また『貧困』とは、それを満足に受けられないことと認識している人が多いのではないかと感じます。今回、フィリピンの現状を目の当たりにし、現地の人々が何に対して幸せを感じているかを知ることによって、自分の思い込みが大きな勘違いであったことに気づかされました。フィリピンの人々は、私たち日本人を家族のように受け入れ、現地で安心して生活できるよう、たくさんの時間を共有してくれました。温かいおもてなしの心でいつも迎えてくれます。

そんな彼らの日常生活は、水しか出ないシャワー、便座のないトイレ、蛇口から綺麗な水が出ないなどはあたりまえで、日本よりはるかに生活水準も低いと痛感することが多々ありました。しかし、どんな環境下においても、現地の子供たちはいつも明るく、一緒に歌ったり踊ったりして私たちを楽しませてくれます。タガログ語や英語が伝わらない場面でも、表情やジェスチャーで必死にコミュニケーションを取ってくれました。そんな彼らと同じ時間を過ごすうちに、私の中での『貧困』に対するイメージは日に日に大きく変わっていきました。また、彼らはどんなときもキラキラとした笑顔が印象的で、恵まれている日本人が忘れがちな、心の底からの笑顔とそこから溢れ出る幸せに囲まれています。私もふと気付けば、子供たちと一緒に手を叩き、踊り、歌い、会話を交わすなど、彼らと同じように自然と笑顔になっていました。ありのままの自然体がとても素敵な生活スタイルであり、価値のある時間だと心から感じることも出来ました。

発展の遅れた国で不便な生活をしていると思っていた彼らの幸せの基準は、実は日本人よりも遥かに質の高いものなのかもしれません。幸せの受け取り方は、自分との向き合い方、考え方一つで異なるものだと思います。彼らの豊かな表情と不便な生活を感じないほど満たされた心は、純粋に羨ましく輝かしくも感じました。

日本にはフィリピンにないたくさんのものが溢れ、比較すれば便利で快適に過ごせることは間違いありません。そして、普通の日常の中に大切なものがあるということを、私はこのフィリピンという地で、肌と心で実感することができました。

また、今回の活動により、考え方に感銘を受け尊敬できる人との出会いをはじめ、共に過ごした仲間との絆、身の回りにある小さな幸せに気付けたことが何より大きな財産となり、参加できたことに感謝しています。今後は、活動を通して感じた一つひとつの問題に焦点を置き、今の自分に何ができるのかを考え、実際に見たフィリピンの現状を伝えていける存在になりたいと思います。

【フィリピン】西南学院大学 ワークキャンプ体験記1へ

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2020年04月07日

【フィリピン】西南学院大学 ワークキャンプ体験記1


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2020年2月21日~3月2日まで 西南学院大学(福岡市)の学生15名が、海外研修でFHフィリピンの活動地ブラカン州サンマテオを訪問。ハンガーゼロがサポートしました。ボランティアワークや1日生活体験を通して貧困の現実を知り、それぞれが多くの気付きを与えられました。参加された6名の学生さんの体験記です。


私たちが見失っているもの
下川祥子 経済学部 経済学科
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私がこのボランティアに応募した理由は、「自分なりの幸せのかたち」を見つけるためです。SNS ※が発達した今、私を含め多くの方がSNS に縛られて毎日の生活を送っているのではないでしょうか。SNS 上の投稿を見て周りの人と比較し空虚感を感じている若者が増えてきているのが現状です。SNS に縛られている私たちが見失っている「幸せ」とは何なのか、現地の方は貧しい生活の中で何に対し「幸せ」を感じているのか知りたいと思い活動に参加しました。

 活動では、教会の施設のリノベーション作業や各家庭のお仕事のお手伝いをさせていただきました。訪れた場所はお手洗い・お風呂も必ずしも綺麗といえるような場所ではありませんでした。しかしそこで子どもたち、同世代の子と時間を共有していくうちに気づかされたこと、それは「常に心から笑顔でいること」でした。彼らは一日のうちに何度笑うのだろうと思ってしまうほど子どもから大人まで楽しそうに周りの方と接していました。

 私たちの多くは、「きれいな場所に住んでいることは当たり前」「お金持ちになることが幸せ」「他人と自分を比較して人より上に立った感覚になった時、幸せを感じる」など、周りといつの間にか競争をして笑顔を忘れ、普通の日常を当たり前と思いすぎているのではないでしょうか。フィリピンに来て、目に見える「裕福」ではなく、人が生きていく上で最も大切にしなければならない『心の豊かさ』では、圧倒的に私たちよりも「裕福」なのではないかと感じました。

 不便な面もありましたが、現地の方の笑顔・愛が伝わってきてとても心が温かくなる日々を送ることができました。「周りと比較しなくていい。心の底から笑い、愛をもって人と接すること」を改めて思い返させられる11 日間でした。

「Thank You」の言葉の重さ
瀬戸口未来 文学部 外国語学科
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 11 日間活動したことはどれも濃い内容で心に残りました。そのなかでも一番印象に残っている活動は地域での1 日体験です。私は、国際飢餓対策機構(FH)のお母さんたちと一緒に貧困地域の家を数十件回り子どもたちの身長と体重を測るという活動をしました。山の中や崖の上など「こんなところに人が住んでいるのか」というような場所に家があり、実際にそこの家庭の現状を目の当たりにした時は言葉を失うほどでした。近くに飲める水もなく、家の壁は竹でつくられてあり、キッチンは外にあり、紙パックジュースの紙の部分を床やカーテンの代わりにして生活していました。そんな厳しい環境のなかでFH のお母さんたちはずっと笑顔で活動していました。この活動を無償で3ヵ月に1回行っていると知り、本当に助けたいという思いなしではこの活動はできないと感じました。「Thank You と言われるのが私たちのやりがいだよ」と彼女たちは教えてくれました。この言葉はボランティア活動でよく耳にしますが、この言葉の重さを身に染みて感じました。

 また、自分自身がどれだけ恵まれた環境で育ってきたのか改めて実感しました。自分の生きている世界の小ささ、今いる環境のありがたさを痛感しました。そして、お金=幸せとは限らないこと。このことはフィリピンの人たちと接するたびに感じました。ある程度のお金は生きるためには必要です。しかしそれ以上に、「毎日毎日を自分らしく楽しむこと」の大切さをこの体験で教えてもらいました。

 この海外ボランティアを自己満足で終わらせないためにも、自分の目で見たもの体験したもの感じたものを多くの人に伝え続けて、毎日を大切に過ごしたいと思います。

過酷な生活を目の当たりに
高下比呂 経済学部 国際経済学科
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 フィリピンの人々の生活を実際に目で見てみたい、という思いでこのボランティア・ワークキャンプに参加しました。私がこのボランティア・ワークキャンプで重視していたことは、人に何かをしてあげるということではなく、現地の人々に寄り添うということでした。

 私がフィリピンで生活する中で、気付いたことの1 つは、人々の生活は過酷だということです。私は、地域の1日体験で現地の人の家を訪問しました。そこで、バナナ狩りの体験をさせていただきました。バナナの樹は山の斜面に立っていて、その場所まで歩いて山を下りていきました。ただでさえ急な山の斜面で危険であるにも関わらず、雨が降った後だったため、地面はぬかるんでいて滑りやすく、より一層危険でした。案内してくださった現地のお母さんは、サンダルでスタスタと山を下りていたので、本当に驚きました。バナナの樹は想像以上に堅く、かなり力を込めなければ切り倒すことはできませんでした。また、タロイモを洗う作業をさせていただきました。芋の泥を落とし、周りにあるスジを取るのですが、始めは手ではなく足で洗うということに衝撃を受けました。芋はかなりたくさんの量がありましたが、子どもたちが学校に行っている間、お母さんはこの作業を一人でしていると聞きました。実際に現地で暮らす人々の生活を目で見て、生活の過酷さを知りました。

 フィリピンの人とふれあってみて、フィリピンは自分を受け入れてくれる場所だと思いました。活動が終わるとき教会で自分の隣に座っている子どもが泣いている姿を見て、私も自然と涙が溢れ出てきました。このように、素の自分、ありのままの自分でいることができたのは、フィリピンで11 日間を過ごしたからだと思います。

日本人としての衝撃と痛み
山口温菜(はるな) 法学部 法律学科
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 今回の研修で私に強烈な印象を残した1 つ目は、日帰りのホームステイ先のお母さんとの出会いである。それは、「I'm poor」という言葉である。私はこの言葉に対して、貧しい、悲しいというイメージを抱いていたが、その方はその言葉を満面の笑顔で言われたのである。笑顔と豊かさが比例すると思っていた私には、「I'm poor」という言葉と笑顔が結びつかず、強烈な印象を受けた。その方が最終日に会いに来てぎゅっと抱きしめてくれた温かさを私は忘れない。

 もう1 つは、戦時中に亡くなったフィリピンの方を覚える場所を訪れたことである。私は沖縄や広島の平和研修に参加したが、そこは日本が被害者であった。しかしフィリピンで初めて、日本が加害者であることを痛感する場所を訪れた。私はそこで日本が外国にしたことを目の前で突きつけられたのである。衝撃と痛みを覚えた。フィリピンの方が話しづらいけど、と言いながら歴史を教えてくれた最後に、「あなたがたに申し訳ないと思ってほしくない。日本はフィリピンに対して酷いことをしたかもしれないけれど、その後たくさん良いことをしてくれた。」と言われた。私はその話を聞いて、申し訳ないと思うと同時に、自分が知らなかったことを恥ずかしく思った。その後フィリピンと日本の友好の象徴として握手をした。その手がとても温かく、大きな赦しで包まれたような気がした。握手してもらったこと、お母さんに抱きしめてもらったこと、それは全てを包んでくれるような温かさであった。

 私は、11 日間の活動の中で、多くの素晴らしい経験をし、多くの人に出会うことができた。このことに感謝するとともに、私にとって、フィリピンが遠い国ではなく、あの温かさがある場所に変わった。

私の当たり前が通じなかった
河津菜々子 文学部 英文学科
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 マニラ空港に着いた時、フィリピンって綺麗じゃん!めちゃくちゃ都会!と思ったのが私の本音でした。しかし車を走らせると道もだんだんと細くなり、薄暗くなっていきました。約3 時間車に乗って到着した町で一番衝撃的だったのが水回りで、トイレは便座がないと聞いていたものの、お風呂がシャワーではなく、蛇口からトイレを流す水と同じ水ということでした。

 活動で初めてペンキ塗りをして、塗るところが多く、天井を塗るときは身体がきつかったですが、現地の方が丁寧に教えてくれました。この作業を同世代の子が慣れた手つきでやっているのを見て、これはこの町にとって当たり前のことなのだと思いました。作業中に「専攻は何」と聞かれ、英文学と答えると「なら将来は先生になるの?」と言われました。違うよと答えると相手は驚いていて、「ならなぜそれを専攻したの」と聞かれ、文学を通して文化を学んでいる、と答えても納得して貰えませんでした。ここの方たちは将来したいことが決まっているから大学に行くんだ、と大学に入ってから将来することを決めようと思っていた私は恥ずかしく思いました。

 また屋台で春巻きのような食べ物を売るお仕事を体験させていただきました。その家のご主人は以前日本に出稼ぎにいっており、次はまた他の国に出稼ぎに行くと仰っていました。小さい子どもが3 人いるのに離れて暮らして家族を養う大変さを知りました。

 フィリピンの方は教会に集まって、家族のように隣人と仲が良く、子どもたちも全員顔見知りで友だち。教会のような機会があるため笑顔が多くていつも幸せそうに過ごしているのではないかと思います。

 日本では当たり前のことが当たり前ではないということが、この活動で改めて実感したし、笑顔でいることは自分もそして周りの人も幸せにできる力を持っていることが分かりました。

これこそが幸せの原点では
木下実紘 人間科学部 社会福祉学科
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 「幸せはいつも自分の心が決める」相田みつを 
 この言葉のように、幸せは、周りの環境によって決まるものではなく、自らが作り出すものであることを、フィリピンの人々との出会いを通して学び、実感できたように思います。

 ボランティアに参加する前は、日本のような快適な環境が幸せの土台にあると感じていました。食べ物がおいしい、学校に通える、衛生環境が整っているなどが幸せの基準の多くを占めていました。そのため「貧困」という現実は、幸せから遠いところにあるような感覚が自分の中にあったような気がします。しかしフィリピンの人々は、底抜けに明るく、優しく、そしていつも笑顔でした。私の中の、暗く閉ざされたような貧困のイメージは大きく覆されました。そして今まで、モノや他者との比較によって幸せを感じていた自分にも気づかされました。言い換えれば、自分にないものや自分ができないことばかりに注目し、コンプレックスを抱いたり、嘆いたりすることが多く、本当の意味で自分自身の幸せを感じることができていないのではないか、ということに気づかされた気がしたのです。フィリピンの人々のようにいつも明るく、小さなこと一つ一つに喜びを見出す生活こそが幸せの原点なのではないかと思えました。

 また、私にとって今回の参加は大きな挑戦でした。私は周りの目を気にし、自分で行動範囲を狭めるようなところがあり、これまでなかなか新しいことにチャレンジすることができませんでした。そんな自分を変えたいという思いから応募したこのボランティアでしたが、多くの人々との出会いや現地でしか得られない貴重な経験など、そのすべてが私の人生の財産になりました。私自身の幸せの在り方を見つめ直し、周りに幸せを与えられるような人になりたいです。

続きはこちら▼
【フィリピン】西南学院大学 ワークキャンプ体験記2へ

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2020年02月28日

【HOLPFIより報告】火山被災者に緊急支援


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【出展:INQUIRER.NET Facebook  ロウレルタウン/バタンガス州】

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1月12日に起きたタール山の火山活動は下火になっていますが、マグマは依然活動しており再噴火の可能性は消えていません。続きはハンガーゼロサイトから

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2019年04月25日

【フィリピン】HOLPFI 困難に立ち向かうマイの人々


ハンズ・オブ・ラブ・フィリピン HOLPFI 困難に立ち向かうマイの人々

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分校から本校開設へ一歩
 2017 年10 月よりピナマラヤン県サファ村小学校のマイ分校としてスタートして、はや1年半が過ぎようとしています。その間、村のリーダーと教育省との話し合いで、将来的な必要から分校ではなく、本校として開設するための可能性とその準備が進められてきました。実際、本校とは距離も離れており分校と言うこと自体に無理がありました。

詳細はハンガーゼロサイトから

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2018年07月28日

フィリピンでも台風被害が拡大(酒井駐在員から)


当機構がフィリピンのミンドロ島に派遣している酒井保スタッフ(HOLPFI代表)から台風被害の報告が届きました

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2018年04月27日

【フィリピン】バルナバプロジェクト


バービン小学校図書館 建設現場を訪問

今回で5回目の訪問となる大阪シオン教会のバルナバプロジェクトに同行し、国際飢餓対策機構フィリピン( F H P )の支援地域であるビコール地区スラに5日間滞在しました。
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2017年10月10日

【フィリピン】ビコール地域で異文化実習(東京基督教大学)


 2017年7月10日〜8月4日、東京基督教大学の学生2名と共にFHフィリピンが活動 しているビコール地域で、異文化実習を行いました。これは大学の授業の一環で、異文 化の地に「訪問」ではなく1ヵ月間、「滞在」して現地の活動に参加し、一人の生活者と して異文化を体験することを目的としています。私は引率者として、同行させていただ きました。普段FHフィリピンのスタッフがしていることを一緒にする事で、私もフィリ ピンでの支援活動の難しさや困難を体験し、様々なことを考えさせられました。 学生たちの体験談を紹介させていただきます。(吉田知基)

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2017年07月08日

【フィリピン/HOLPFI報告】子どもたちを学校に行かせたい


フィリピン・ミンドロ島サバン村マイ地区におけるハンズ・オブ・ラブ・フィリピン(=HOLPFHI)の新たな支援について酒井保・慶子駐在員からの報告です。

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2017年05月09日

【フィリピン】待望の2つ目の教室が完成


 2017年3月28日、フィリピン、サマール島マラブット地域にあるマブハイ小学校で2つ目の教室完成を祝うセレモニーが行われました(1つ目は2015年8月完成)

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2017年03月17日

【フィリピン】台風被害の学校再建を


 2013年11月の巨大台風30号(現地名:ヨランダ)は、フィリピンのレイテ島やサマール島に甚大な被害をもたらしました。当機構は皆さんのご協力を受けて、食料や復興支援ボランティア派遣をはじめ様々な支援活動をさせていただきました。

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2017年01月24日

【フィリピン】台風被災者38家族に家屋建設資材を支援


 2016年年末、大型台風26号がフィリピン中部を通過、28日には、132908家族(602770人)が被災しました。

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2016年12月29日

【フィリピン】台風による強風で家屋が甚大な被害


 2016年12月25日にフィリピンを直撃した台風26号(現地名:ニーナ/アジア名:ノックテン)の影響で、家屋や農作物の被害が広がっています。被害状況の詳細はいまだ明らかになっておりません。当機構が飢餓対策機構フィリピン(以下、FHフィリピン)を通じて支援しているビコール(スラ、マトノグ)地域やハンズオブラブフィリピン(以下、HOLPFI)が活動しているミンドロ島も被害を受けています。

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2016年11月07日

【フィリピン】子どもや家族との交流から学んだこと(西南学院大学)


 2016年8月13日~23日、西南学院大学法学部の学生13名と引率ヘルプ1名と共にFHフィリピン(国際飢餓対策機構フィリピン)の活動地、ナボタス市のタンザ地域を訪問しました。

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2016年10月21日

【フィリピン】ミンドロ島村落開発プログラム


 前回、前々回の記事につづいて、昨年2015年度世界食料デーのために全国の皆様から寄せられた募金の報告をさせていただきます。募金合計額は15,178,882円でした。これらの募金は、6ヵ国の子どもたちの教育や給食支援、地域の自立開発、国内避難民の方々のためなどに用いさせて頂きました。今回はフィリピンでの活動について報告いたします。

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2016年07月22日

【フィリピン】小学生256名への健康プログラム


 フィリピン・ルソン島の南東に位置するビコール地域で、子どもたちへの教育支援を行っている、FHフィリピンはスラ地区にあるバービン小学校で、健康プログラムを実施しました。

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2016年04月08日

【フィリピン】感謝を忘れず分かち合える豊かさ


 フィリピン最大の漁港を持つナボタス市は、マニラ空港から約20km北西に位置します。国際飢餓対策機構フィリピン(FHフィリピン)は、度重なる洪水被害に苦しむこの町の方たちと共に歩み、支援を続けてきました。2016年2月26日〜3月7日まで、このナボタス市及びサン・ロケ地域で福岡市の西南学院大学の学生たちがワークキャンプを行いました。

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2015年10月26日

【フィリピン】ファシリテーター・トレーニングキャンプ(2015)報告


 7月29日から8月7日、9名の参加者と共に、首都マニラやJIFHのパートナー団体ハンズ・オブ・ラブ・フィリピン(HOLPFI)の活動地、ミンドロ島にあるシド村とプエルトガレラに滞在させていただきました。シド村での4日間の滞在中、開発の手法の実践、村に住む原住民マンヤン・アラガン族の方々との交流、講義などを通して、それぞれが多くの気づきを与えられました。またリゾート地プエルトガレラに移動し、マニラで路上生活や性的虐待などで虐げられた子どもを保護し、都会から離れた環境の良い場所で社会復帰のためのリハビリをおこっている施設で二泊。そこで、都市部と地方の貧困の問題について学ぶことができました。(広島事務所:木村カナ)

以下、今回参加した、近藤さんからの感想です。

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2015年04月22日

【フィリピン】タワービル地域を支え続けたFHフィリピン


 2015年2月26日~3月9日に西南学院大学が主催するフィリピン海外ボランティアワークキャンプが実施されました。キャンプに同行した吉田から以下レポートです。

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2015年03月02日

【フィリピン】子どもたちの教育現場の課題を実感(報告:小堀英郎親善大使)


JIFH親善大使の小堀英郎さん(ピアニスト)とManamiさん(歌手)が昨年11月に当機構の活動地フィリピンを訪問。Manamiさん(記事:都会の貧困を目の当たりにして)に引き続き、今回は小堀さんの訪問記を掲載いたします。

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【写真:子どもたちと小堀親善大使(左)】

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2015年02月16日

【フィリピン】サンアンドレス村での教育支援と生活改善(2)


  収入改善支援プログラム

レポート:酒井保駐在員

 フィリピンの成人識字率は92%前後、そして比較的男女同等の教育機会が与えられていて、女性の社会進出率も大です。4年間だった中高等教育が改善され、2013年より基礎教育7年、中・高等教育6年、大学4年となりました。

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【写真:補修授業プログラムに参加する村の人々】

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2015年02月13日

【フィリピン】サンアンドレス村での教育支援と生活改善(1)


  キーワードは価値観の変革

レポート:酒井保駐在員

 日本国際飢餓対策機構を通して皆さまのご支援を頂き、ハンズ・オブ・ラブ・フィリピンが教育支援と地域開発に関わって6年が過ぎました。フィリピンで子どもが学校に行けない大きな理由として貧困があげられます。しかし家庭の価値観の方がより大きな影響を与えていると私たちは認識しています。

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2015年01月09日

【フィリピン】都会の貧困を目の当たりにして(Manami親善大使)


 当機構の親善大使Manamiさん(歌手)小堀英郎さん(ピアニスト)が昨年11月に当機構の活動地フィリピンを訪問。今回はManamiさんの訪問記を掲載いたします。

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2014年07月07日

【フィリピン】人の成長は、ウンティウンティ(ゆっくり確実に)


 フィリピンのミンドロ島サンアンドレス村でのコミュニティ開発も今年で7年目に入りました。ゆっくり、確実に人々が育っています。

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【写真:支援を受けることができるようになった中学生たち】

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2013年07月01日

【フィリピン】子どもたちの小さな変化という第一歩


 5月下旬には世界里親会の支援先である、フィリピン・ビコール地方のスラ、マトノグ地区、そしてミンダナオ島ティボロ村の3か所を訪問してきた碓井スタッフの報告です。

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【アポセンターの子どもたちと碓井】

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2013年05月20日

【フィリピン】明るい未来を信じて勉強に励むアポセンターの子どもたち


 ミンダナオ島のダバオ市内から車で3時間余行くと、フィリピン最高峰アポ山の中腹(標高約1,200m)にあるティボロ村に到着します。今回はこの村で世界里親会の里子支援を受けている子どもたちの生活をご紹介いたします。

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【里子たちの通っているティボロ小学校】

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2013年05月13日

【フィリピン】世界里親会・アポセンター活動報告


 ミンダナオ島のフィリピン最高峰アポ山の中腹(標高約1,200m)にあるティボロ村では世界里親会を通じて里子支援が行われています。里子の通っているティボロ小学校で2012年に行われた主なプロジェクトを紹介いたします。

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2012年08月01日

【フィリピン】子どもたちの夢を乗せて快走中


 いつもフィリピン、ミンドロ島、サンアンドレス村のためにお祈りとご支援を心から感謝致します。活動を始めて4年が過ぎました。 サンアンドレス村の持続可能な開発プログラムの一環として、子どもたちの教育をどう支援するかというところから始まった、スクールバスプログラムへの支援は、第一期目が終わりました。スクールバスのプログラムを3年間支援して下さり、本当にありがとうございました。村にはハイスクール(小学校6年の後の4年、日本の中学校に当たります)がなく、ジプニー(小型乗り合いバス)で片道3時間かかる町の学校に行くには、寮や親戚の家にお世話になるか、また進学をあきらめるしかありませんでした。

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