2011年05月14日

物資倉庫で知った避難生活の過酷な日々


(報告:ボランティア大山美礼)
仙台に入って三週間、とある日のJIFHの物資倉庫(仙台市若林区卸町東)での出来事から。

 連日のように被災者の方々が何かを求めてこの倉庫へと足を運んでおられる。この倉庫には全国から届けられたたくさんの物資、野菜、衣類、日用品、消耗品などがある。
 あるお母さんが物資を求めて来られた。この方は、仙台市内に新たにアパートを借りて、家族8人で暮らしているとのこと。こちらから尋ねなくても明るい調子で話されるお母さんに聞いてみた。
「お母さんの家族が避難所に入るとしたらどこだったんですか?」すると、それまでの明るさから一転、目に涙を溜めながら「避難所には犬を飼っているから入れなかったの。」とポツリとつぶやかれた。事情を聞いてみると、お母さんと娘さんの家族とで犬を4匹飼っていたのだという。
 それでも無理や我がままは承知で避難所に行ってみると担当者から「犬を捨ててから来い!」と一蹴されたという。家族同然の愛犬を捨てることは出来なかったこの家族にとって、残された選択肢は車の中で過ごすことしかなかった。
 そんな中でせめて食べ物だけでも分けてもらおうと避難所に足を運ぶことにした。「登録していないからあげることは出来ない。」と担当者からまた追い返されそうになる。しかし、食べ盛りの中学生、小学生の孫も抱える中で簡単に引き下がれない。必死に頼み込んでどうにか貰えたのは、賞味期限切れで固くなったパン一つだった。そんなパンでも孫に食べさせたのだという。
 一緒に来たもう一人のお母さんは、夜になると徘徊する高齢の母を持つ人だった。そのため周りを気にして、避難所には入らなかった。この方も一緒で、何も配給がなかったため、食べるにも寝るにも困ったそうだ。
 最近になってこの物資倉庫のことを聞き、来たのだという。この方々は、倉庫にある生野菜やパンを見るなり「やっと孫に柔らかいパンを食べさせてあげられる」と涙ながらに言われた。その言葉には喜びも悲しみもあるように思えた。まだまだ、知らない所で、隠れた所で、助けを必要としておられる方がいる。そう思うと、私の胸が熱くなってくる。人間の尊厳さえも奪われそうになりながら、それでも生きなければならない、そのような現実が私たちにはわからなかった。
 この場所で奇跡的な再会をする人たちもいる。抱き合って出会えたことを喜んでいる。倉庫に届く物資を仕分ける、その物資を必要な方に届ける。ごく単純な作業に思えるが、日が経つにつれてとても大切で重要な役割であることを実感する。僅かな出会いであっても、聞くことで被災者の心の荷を少しでも軽くしていただけるなら、それもまた私たちのできるもう一つのサポートなのだと思う。
倉庫大山さん.jpg

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