2011年05月09日

これでニラ玉を作ります!


「こんにちは!野菜をもって来ました。受け取ってください」少し低いトーンながらよく通る声で、阿部さんが道行く人に声をかける。すると「わぁ野菜ねえ!嬉しいです」と人々が集まってくる。

 5月8日の日曜日の午後、当機構の支援活動に当初から協力をいただいている阿部稔さん(石巻市在住)とともに、石巻市湊地区の住宅地を訪れ野菜の配布を行った。用意した野菜は、ニラ、ピーマン、人参、榎茸、とパンの缶づめ2個、これらをビニール袋につめて約130人分をセットにした。この野菜は、宮崎で新燃岳の火山灰の影響で出荷(食用として全く問題なし)できなくなった野菜を買い付けて、当機構に送り続けていただいている被災地支援NGO協働センターの宮崎野菜、被災者(農家)から東北への被災者への支援が実現した。
 配布した場所は、石巻市湊地区でもやや高台にある住宅地、住宅の倒壊は低地に比べると少ないが、そういった地域でもあるためいわゆる支援の空白地帯になっている。とくに車をもたない高齢者や小さな子どもを抱える母親にとって、外出して食料や生活用品を自由に手にするのが現状かなり厳しい。阿部さんは、自らも津波で全壊扱いとなった家に住みながら、被災者目線でとくに生活困難に直面している人々に目を向け続けている。この日も野菜を配る前に、自らのポケットマネーで洗濯機を購入、朝自身の目で異変を聞きつけた老夫婦と孫の住む家庭に届けた。
 「あの家では孫の親が津波で流されて、老夫婦が1才の孫の面倒をみているんです。朝、飢餓さん(JIFH)からもらった粉ミルクを届けたら、おばあちゃんの手がひどいあか切れでね。だから洗濯機をとどけただけですよ」とさも当然の表情で阿部さんは語る。元船長(5万トンの貨物船)は陸にあがっても地域のよきキャプテンを続けている。
 「はい!いただいきます。野菜はほんと嬉しいんです。わぁニラですね。これでニラ玉を作ります。買い物に行きたくても足がないからいけないんです。ありがとうございます」野菜とパンの缶詰の入った袋を受け取った婦人は喜びのことばを素直に口にする。被災地ではゴールデンウィーク終了とともに、行政の支援サービスも縮小傾向にある。これまで継続的な支援を受けていた避難所でさえ、給食用の食材が届かなくなったとの声も聞かれ始めている。また、ボランティアなどの人的支援も学生が夏休みに入るまでは週末以外は不足するとの見方が多い。この地区のように支援の格差により、復興の足取りが鈍いところはまだまだある。そのような所を見つけだして的確な支援をしていくことが必要だ。その時、阿部さんのような地域に明るい人材は我々にとってもよき助け手となる。そして、長い期間にわたり宮崎野菜を送り続けてくれている被災地支援NGO協働センターの応援にも大きな力となる。
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