2011年05月05日

まさかここに大津波が来るなんて(仙台市若林区荒浜)


 多くの人的、経済的被害が出ている地区の一つ仙台市若林区荒浜で自宅を流された武田義夫さん(58才)が、当機構の物資倉庫(仙台市卸東町)に家族とともに生活物質を受け取りに来られたので、少しお話を伺った。

 「私が住んでいた荒浜は、仙台湾のちょうど中心に位置しています。景色のよい海岸をときどきジョギングすることもありましたが、まさかあの大きな湾全体を覆い尽くすような大津波が来るなんて思いもよりませんでした。テレビでは国や県の対策がどうのこうのっていってますが、今回の津波は千年に一回ですか、誰も想定できなかったことだと私は思います。その千年に一回という場面に巡り会ったことがよかったのか悪かったのかは今はなんともいえませんが・・。」武田さんは仮設住宅への入居が始まったこともあり、やや安堵の表情で一つひとつの言葉をつなぐ。
 「地域一帯が津波でさらわれたので、自宅から遠くの仙台市中心部のビル群が見えるんです。土台だけが無惨にのこった家とそのかなたに見える都会のビルの風景は天国と地獄です。私が入っていた地震保険の調査では、この地区700世帯以上あるんですが『全損扱い』だそうです。家のローンはまだ少し残っているので、地震保険でどれくらいカバーできるのはわかりませんが、この歳(58)ですし、いまからもう一度家を建てるというのは正直難しいと思っています」長かった住宅ローンも終わりに近づき、定年後の生活設計も見え始めたときに襲った津波、まさに人生計画も想定外の軌道修正となった。
 「津波の警報がなったとき、高さ10メートル以上とかいっていましたが、私ら庶民感覚ではあまり高さの実感がつかめなかった。例えばビル2階、3階の高さがありますとか、言ってもらったほうがもっと早く必死で逃げたんじゃないかなあ。それと地震のあと指定された一時避難場所に300人位の人が逃げたんだけど、そこは地震のための避難場所でした。それで津波が来るのが1時間以上も後だったから、自宅に戻ろうとした人がみんなやられました」電気も止まって情報もないなか、家が心配で自宅にもどった人にまさかの津波が襲う。ときどき行われる防災訓練で避難慣れしてしまった人々にこの日の警報もいつものサイレンのように聞こえたかもしれない。
 「何もかもなくなってゼロからのスタートですが、私の趣味だったミニカーのコレクションの1台が泥の中から見つかりました。コブラという車です、あちこち傷と泥だらけなんですが、仮設に飾っています。これは一生の宝になりました」幸い家族は全員無事、その中で見つけ出した趣味のミニカーを手にして、自分の今と向き合いながら、武田さんは家族を守るための懸命な日々を歩んでいる。
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若林区荒浜の墓地(5月4日)

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