NO.227
国際協力隊総主事 清家弘久

ルワンダの首都キガリ市内のこどもたち。
ルワンダではサッカーの人気は高く、30年前からプロのプレミアリーグが存在するほどです。
東アフリカのソマリア沖に頻発する海賊行為に対する海上警護のために、日本の自衛隊が派遣されています。ソマリアは長年に亘り無政府に近い状態が続き、警察機能が働いていないことが海賊行為を助長させていると言われています。現在までに捕えられた海賊たちの多くは元漁師で、元漁業会社の船がそのまま海賊船となっています。彼らは異口同音に貧しさ故に海賊行為をしていたことを告白しています。人としての尊厳さえも奪ってしまうものが貧しさであり、飢餓です。ニュースの裏にある事実に目を留めると、私たちがなすべきことは、本当は何なのかを考えさせられるのです。
同時に、たとえ貧しさや飢餓の中にいても、一人の人として懸命に生きている人々が大勢いることも事実です。
以前ソマリアの貧しい方々のために働いていた竹内緑スタッフは、今はルワンダで、1994年の大虐殺のトラウマと闘い続けている人々と共に活動しています。彼女は一人の女性のことを報告しています。「この女性は1994年の大虐殺で、両親、夫、11歳の息子、9人の兄弟姉妹、夫側の義兄弟と家族をすべて殺害されました。大虐殺後、ルワンダ南部に逃れ、そこで未亡人のグループに加わりました。そのメンバーの多くがトラウマであり、肉体的にも何らかの病気で苦しんでいたようです。彼女はそのような人たちを自発的に訪問して話を聴き、看病をしました。やがて現在住んでいる地域へ戻り、以来10数年、無報酬でカウンセラーの働きを続けています」。
人は、時として飢餓の只中でその尊厳を奪われてしまうことがあります。しかし、その悲惨の中で輝くことができるのもまた、人なのです。日本国際飢餓対策機構はたとえ貧しくても、人間として生きようとする人々の可能性を信じ、彼らの夢を実現するまで寄り添っていきたいと願うのです。
「義の実を結ばせる種は、平和をつくる人によって平和のために蒔かれます」