NO.218
特命大使 神田英輔

カンボジアのお米屋さん。同国ではこの一年で米の値段が2.5倍に上がった。
このところ、「安全」「安心」という言葉が人々の口にしばしばのぼるようになりました。食料やエネルギー問題に関して「安全」や「安心」への関心が高まっているためなのでしょう。
人が生きていく上で最も基本的なことは、毎日の食事を安全に確保し、安心して食べていけるということです。今年も、世界中の人がこの基本的な条件を満たせるようになることを願う「世界食料デー」が近づいてきました。
今の世界の現実を見ますと、食に関する不安はピークに達しているかのように見えます。開発途上国においては、食糧価格の高騰によって一日一回の食事さえも摂れない人々が増え、安心して生きていけない状況が拡大しています。また、食料の自給率が極端に低い日本においては、食料の安全確保に関する不安感が徐々に認識されるようになって来ました。食料を輸入できなくなったら、今の日本は、たちまち飢餓に陥らざるを得ないという事が見えてきたからでしょう。
「安全」とは危険がない客観的な状態を表し、「安心」とは危険がないと思う主観的な心の状態を表す言葉です。今、日本の私たちが享受している飽食の状況は、崩壊寸前の危険レベルに既に達している「砂上の楼閣」のようなものです。食料の安全確保からは程遠い現実があるにもかかわらず、日本人の多くが将来的にも飽食を続けることができるという幻想的な安心を抱いているように見受けられます。日本が独立国として存立し続けるためには、自国民の食べる食料は自分の手で確保しなければならないことは自明です。しかし日本の農業は、グローバル化の大波の中で「経済優先・国際分業」という建前の下で壊滅的な状況に追いやられています。
今年も「世界食料デー」を通して、特に開発途上国において飢餓に苦しんでいる方々の食の安全と安心が確保されるために共に労すると共に、日本の明日についてもしっかり目を開く、賢明な者でありたいと願わされます。
「彼らは、わが民の破滅を手軽に治療して、平和がないのに、『平和、平和』と言う。」