ハンガーゼロ アフリカ」とは

【愛知事務所】

2017年03月25日

西南大フィリピンキャンプ参加者の声

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2月17日~27日、西南大生16名と大学引率者2名、JIFHスタッフ1名はフィリピン・マニラ郊外、マラボン市に滞在しました。
西南学院大学(福岡)主催のこのキャンプは国際飢餓対策機構フィリピン(FH)の活動地に滞在し、貧困の現状を知り、奉仕の精神を養う目的で毎年実施されています。
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【大規模火災避難所での子どもケアプログラムに参加】

マニラ郊外・マラボン市Tongsuya地区では2月8日に大規模火災が発生、約700世帯が被災し、FHが支援する子ども達の家も焼けました。その避難所での子どもケアのプロジェクト参加を皮切りに、役所への訪問、子ども達への保健衛生・防災教育、小学校保健室の改修工事手伝い、家庭訪問を通して、FHと行政、学校、地域ボランティアが連携して行う、子どもをとりまく地域変革の取組みをみることができました。
ボランティアは初めてだけど何かしたい、世界の貧困について知りたい、問題の解決策は?様々な思いで参加した学生達。11日間を通して今まで持っていた価値観が変わったと、多くの学生達が自分自身の心の内側に変化を感じたようです。感想を紹介します。

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【火災被災地の様子】


他人事ではなくなったフィリピン (1年 山口智笑)
家族と一緒に暮らせる幸せ、今生きている幸せ。いつのまにか自分の中で当たり前だと思っていた事柄にありがとうと口にする大切さを知った。今までフィリピンといえば、マンゴーやバナナだったのが、今ではあの子の笑顔や想い出が頭をよぎる。もうフィリピンが他人事でなくなった。フィリピンに来てたくさんのニーズを知った。FHスタッフの「手をのばす人がいる限り、手をさしのべていく」という言葉。私もそんな人になりたい。

フィリピンの人々のたくましさに学ぶ(1年 阿比留未友)
フィリピンに行き、そこで強く感じたのは人々のたくましさでした。火災地域の子供たちが見ず知らずの外国人に対して笑顔で話しかけてくれました。私はその行動が嬉しかったのと同時に災害に負けず笑顔を絶やさなかったあの子供たちが本当にすごいと思いました。「何があっても笑顔」がフィリピンの国民性だとフィリピンの方々が言っていました。私自身見習っていきたいです。そして、実際に飢餓の状態を目でみて自分が感じていたよりも現状はひどいものだったのだと気づきました。今回学んだことや感じたことは家族や友達に伝えて、どうしたら飢餓がなくなるのか?そのために私にできることを考えながら生活していきます。

人の価値について(1年 谷口希望)
フィリピンで出会った人々や一緒にいった仲間たちとの交流を通して、「愛」について考えさせられました。今回、この経験をしたわたしたちができること。それは、困っている人に関心を持ち、愛情を持って相手を理解しようとすること。家庭が裕福だろうが、貧しかろうが、人に優劣なんてなく、みんなが愛されるべき存在だと思いました。


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ここに来た意味(1年 小野友莉子)
出会った人たちから毎日たくさんの笑顔と元気をもらいました。与えられてばかりでなんのためにここに来たのだろうという気持ちにもなったけど、一緒に遊んだ子どもたちが日本語の歌を覚えていてくれたり、感謝の手紙をくれたり、地域の方とFHがつながるきっかけを作れたり、私たちが来たことで笑顔になってくれる人がいて、私でも少しは彼らに何かを残すことができたのかもしれないと、ここに来てよかったと心から思いました。物質的には貧しいかもしれないけれど、ここの人たちは笑顔でとてもあたたかくて、むしろ日本にいる私たちの心の方がずっと貧しかったのではないだろうかと思いました。伝えることが一番難しいと言われたけれどそれが今の私にできる最初のことなのかなと思いました。貧困が人ごとだと感じられなくなった今、できることは小さなことかもしれないけれど、行動をおこしていきたいです。

つながりの強さに驚き(1年 馬場あゆみ)
行く前は、国際協力や貧困ってなんだろう、自分は海外の子どもに興味があるからという単純な理由で行っていいのだろうか、たくさんの疑問と不安がありました。でも、フィリピンに行って新しい自分に気づくことができたし、自分自身を成長させることができました。正しいのかは分からないけど、フィリピンに行ってたくさんの人と触れ合うことも国際協力の一つなのかなと思いました。現地に行って一番驚いたことは、つながりが強いことです。人と人、人と地域、地域と学校、何ごとにも強いつながりを感じました。これは日本でも見習うべきだと思いました。コミュニケーションの大切さに気づかされました。

幸せについて考えた(1年 天野瑞希)
以前は、貧困=幸せではないというイメージを少なからず持っていました。しかし、貧困地域と呼ばれるところを歩いてみると、自分の思っていた人々の様子と異なり驚きました。それは、住む家がどんなにボロボロで狭く、衣服も古く汚れたようなものを着ていても、素敵な笑顔の人たちが多く、私たちを歓迎するように手を振り、声をかけてくれたからです。私は自分の持っていた貧困に対するイメージが偏見に過ぎなかったことに気が付き、幸せとは何かということを考えるとき、物質的に豊かか、心が豊かかという両者を切り離すべきだと強く感じました。

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自分自身の意識の変化(1年 川谷桃子)
自分自身の意識の変化が2つありました。1つ目はボランティアは相手がいるからこそ成り立つもの。相手と気持ちを共有すること、相手のニーズに合わせることが大切であることです。2つ目は貧しいから幸せではないという考えは違うということ。フィリピンの子供達はいつと明るく笑顔で接してくれました。この子たちは実は貧困地域に住んでいると聞いたときは衝撃でした。環境の面では貧しいかもしれないけれど、心までも貧しいと決めつけてはいけないと思いました。
日本での生活がいかに恵まれていたかにも気づきました。シャワーでお湯が出ること、水道水が飲めること、道路が整備されていること、街が綺麗なこと、街灯があること...今まで当たり前だと思っていた1つ1つに感謝をしようと思いました。

見た世界、ここから。(1年 柏木菜海)
大学での社会福祉の講義に共通するテーマ、幸せとは何か?の答えへのヒントを探しに行こうと思いました。ゴミ処理などの問題が山積み、息ができないほど異臭がする地域もありましたが、そこにも笑顔がありました。「幸せ」は人が決めるものではなく、いつでもどこでも幸せを感じる瞬間は自由で、人それぞれであること。その瞬間を増やすためにこの活動があるのかなと感じました。一方、観光地で出会った5歳くらいの物乞いの男の子が、それまでに出会った学校や地域の子ども達とは全くといっていいほど違うのに戸惑い、私たちが見た世界はほんの一部であることを考えさせられました。


これがボランティアなんだ(2年 新田直人)
自分が何かをしてあげる立場と思い、臨んだ今回の活動。人との関わりの中でたくさんの愛情をもらい、励まされました。感謝の気持ちでいっぱいの私たちに感謝してくれました。これがボランティアなんだと気づきました。決して裕福とは言えない環境の中でも笑顔で家族や周りの人たちを大切に生活している人々を見て、自分が日本で家族や友人を大切にできているか考えさせられ、周囲の人たちを大切にしたいと思いました。分からないこと、もっと知りたいことがたくさんあります。貧困や飢餓の問題についてしっかりと考えていきたいし、そうした環境の中で生活している人たちがいるということを絶対に忘れたくないです。

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心の貧困、人と愛し合うことについて(3年 久保友輝)
分かち合いの時間で「日本は心の豊かさがない」との発言を聴いて違和感を覚えました。それはどこか日本を大きな枠でひとくくりにしているように思えたからです。もちろん日本は物質的に恵まれ成長を続ける中で当たり前のことに感謝しきれないなど、心の豊かさを失ってきたかもしれませんが、それは1人ひとりの人間が失ってきたもの。1人ひとりが自分の置かれた立場、現状をどのように把握し、そこに幸せを感じることができているのか。東日本大震災から6年、当たり前だった生活が一瞬にして奪われたあの日を振り返り、私はこの心の貧困について考え続けていきたい。(分かち合いで)強烈に印象に残っているのが、「人から愛してもらうことがどれだけ幸せか、人との関わり方を考える」という話。身近な人への感謝と謙虚さを忘れずに常に人を大切にしていきたいと心に想えました。

その人自身と向き合う(3年 栗山花菜子)
国や言語は違えども、人と人が同じ目線で関わることで温かい気持ちになると感じました。それが共生につながるのでしょう。これから、フィリピンについて知り、思いを馳せること、食べ残しをしないこと。小さく間接的ですが、私の行動が周囲の人にフィリピンや貧困問題について関心を持つきっかけになるように、継続していきます。そして、人と関わる上で、相手の背景や肩書ではなく、その人自身と向き合っていきたいです。

人とのつながり(4年 松嶋啓太)
「百聞は一見にしかず」とはまさにその通りでした。11日間の滞在を経て、多くの人に出会い、笑い、助け合い、そして泣きました。
その中で感じたことは、「人のつながり」です。言葉も通じない異国の地に踏み込んだにも関わらず、多くの方々がサポートしてくれました。そして、最後には涙の別れ。言葉が通じなくても心が通じ合っていた証拠です。心がとても温かくなりました。FHやお母さん方と分かち合った思い、「子供の可能性を広げる」ために、教育に携わる社会人として尽力していきたいです。

関わり、考え続ける(2年 小櫻信)
今回の海外ボランティア・ワークキャンプに参加して、私自身が受けた喜び(恵み)は現地の人の温かさ、特に子供たちの笑顔でした。私達が安心安全に活動できたのは、FHフィリピン、マラボンチーム、現地ボランティア、バランガイ、小学校、大工さん、拠点アパート近隣の人たちが大きな愛で温かく受け入れてくださったことです。感謝です。
【ボランティアについての考え】
引率のハンキンス先生(西南大)の「(子ども達一人一人が)ダイヤモンド」の話を聞いた時、「一人ひとりに原石がある」という話(15年ほど前に聞いた)を思い出しました。それは、人と人が関係を持つことで、お互いの原石がぶつかり合い、研磨され、宝石となって輝くという話でした。「ボランティアには必ず相手がいる。その相手の事を忘れてはいけない。」と言った人がいました。本当にそうだなぁと思います。私達はワークキャンプに行っただけではなく、学びや気づきなど得るものがあった。ボランティアは一方通行ではなく、与え、与えられる関係、共にその時を生きる関係のなかで成立する活動なのだろうと思います。
【災害の中で見る人々のたくましさ】
家庭訪問で火災の被災地域に入り出会った方が「神様が守ってくださったから誰も死ななかったんだ」と、家が燃えたが誰も死ななかったという事、神様への感謝を話してくださいました。また、火災の被災地域で遊んでいる子供たちの姿や家の修理や建築をしている人の姿、洗濯をしている女性の姿は、どれも絶望しておらず、生き生きとした姿でした。どんな状況にあっても生きてさえいれば乗り越えていけるという姿をみせられたのだと感じました。
【心の貧困、物質的な貧困について】
(チーム内の振返り・西南タイムにて)貧困は心と物質的なものに分けて考えないといけない、と多くの人が感想を言っていたが、そうなのだろうか...。確かに、物質的に豊かであっても心が貧しくなっている人(心が貧しくなっていると気づいていない人)がいる。フィリピンでも物質的には貧しくても心が豊かであるように感じること(貧しいと気づいてない)ができる。しかし、なぜ貧しいのか、貧しくなったのか、貧困はどのようにして生まれるのか、背景にあるものは何なのか、を考えていかないと解決しないのではないだろうか、と今は考えています。「これからも何らかの形でフィリピンに関わりたい」と「フィリピンだけでなく、世界中(日本含む)の貧困についても考えていきたい」という想いは変わっていません。


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この11日間を経て、学生達の中に沢山の意識の変化がありました。
その一人ひとりが、沢山の「当たり前」に感謝し、フィリピンでのことを誰かに分かち合い、日常生活を一歩一歩改善し、周囲の人たちを大切にし、思いっきり学んで、志をもって新社会人生活に踏み出し・・・
毎日少しずつのチャレンジが、でも確実に周囲にも、自分の歩み方にも影響を及ぼしていくことと思います。

フィリピンの地域変革に取り組む一人一人も、日本の学生との交流に励ましをうけて、新たな気持ちで臨んでいることでしょう。
国境を越えて互いに励まし、より良い世界のために協力し合うことができる。一歩踏み出すことの大切さを強く思わされた11日間でした。

世界中で人々の笑顔が続いていくように、
フィリピンで共に働くスタッフ・ボランティアさんや学生達との分かち合いを思い出して、
新たな気持ちで日々の業務に励んでいきます。
そして、学生一人一人の今後の歩みを心から応援しています。

愛知事務所 星野絢子


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