ハンガーゼロ アフリカ」とは

伊東 綾

2016年04月05日

思いやりの「無関心」と本当の「無関心」

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2011年に東アフリカを襲った大規模干ばつ。
過去60年間で最悪とも言われています。

2年連続で、雨季にまとまった雨が降らなかったため、
作物が収穫できず、家畜のミルク量も減っています。
国連は、2011年7月に飢饉発生宣言を出しました。
その宣言発表から、5年が経過していますが、
状況は良くなってはいません。

2011年は、東日本大震災発生と同じ年です。
震災から5年が経過しています。
つまり東アフリカ地域の人たちは、5年という時間を、
少ない水をなんとかやりくりして命を繋いできたと
いうことです。

先月、震災から丸5年を迎え、6年目に入った東北。
自分の住んでいる地域の変化は、目で見て、耳で聞いて、
肌で感じることができています。
震災当時の苦しみや大変さは、5年経過しても薄らいで
はいません。

それでは、同じ5年の長さで、アフリカの人たちの
苦しみを感じていたかというと、私は目の前の出来事
(3.11)にしか目が向いていなかったと言えます。

自分以外の出来事に対しては、いくらでも「無関心」で
いられてしまうのだと気付きました。

「無関心」について、以前読んだ本に印象的なことが
書いてありました。

2000年夏に、自動車事故により全身大やけどを負い、
何度も大きな手術を受け(韓国、日本、米国にて)、
事故から5年後(2005年)には米国留学し、現在は、
カリフォルニアで福祉関係の学びを続けておられる 
韓国人のイ・チソンさん。

彼女は福島県立医大付属病院で手術を受けられています。
道ですれ違うチソンさんを見る時の日本人と韓国人の反応の
違いを著書(『チソン、愛しているよ。』(株)アスペクト)に
書いています。(「ありがたい無関心」とサブタイトルがついています)

韓国では、道行く人が自分(チソンさん)の姿に歩みを止めて
驚きながら見るが、日本人は、彼女に関心を示そうとはしない。
人の迷惑になるようなことはしないようにと、幼い頃からそのような
礼儀を教育されている日本人は、彼女のことを2度見するような
人はいなかった。日本人と韓国人の小さな違いが重症火傷患者の
自分にとってどれほどにありがたく、どれだけ自由に感じたか
分かりませんと記しています。

全身火傷を負った彼女に対しての取った(日本人の)行動は、
思いやりに基づくものであったのでしょう。

相手を思いやって「無関心」となる。
その人の気持ちに立って考えることから出た行為なのかも
しれません。

反して、「無関心」とは?

『自分とは関係がないから』

『自分がその立場にないから』

『自分は苦しくないから』

『自分が大変じゃないから』

自分しか目に入らず、相手の存在は、全くありません。

私自身も、震災時は「水」の確保に苦労しました。
それでも、給水車が来てくれたり、県外からペットボトルや
食料を送ってもらったりと、全く「水・食べ物」がない状況では
ありませんでした。

5年を経過しても、あの時の被災地以上に
同じ苦しみを味わっているアフリカの人たちに
「無関心」ではいられません。

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「無関心」を「思いやり」に変えるアクションに
変えていきたいと思います。

友はどんなときにも愛するものだ。兄弟は苦しみを分け合うために生まれる。
【聖書 箴言17:17】

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