ハンガーゼロ アフリカ」とは

伊東 綾

2015年07月25日

今も戦火で生きる人々

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8月がやってきます。
今年は、太平洋戦争の終結(1945年8月15日)を告げる
玉音放送が流されてから70年目に当たります。

戦争が終わって 僕等は生れた
戦争を知らずに 僕等は育った
おとなになって 歩き始める
平和の歌を くちずさみながら
僕等の名前を 覚えてほしい
戦争を知らない 子供たちさ

「戦争を知らない子供たち」
北山修作詞・杉田二郎作曲


これは、1970年に作られた歌です。
日本が戦争を止めると宣言して25年目に作られています。

25年経過した時点で「戦争を知らない子どもたち」が
大勢いたわけです。
(これを読んでいる多くの皆さんもそうでしょう。)

日本人は70年間 実際的には戦争を味合わずに生活して
くることができました。

では、日本人は戦争を味わっていないから、戦争がなくなって
いたのかと言えばそうではありません。

朝鮮戦争(1950年6月~1953年7月)があり、
ベトナム戦争(1960年12月~1975年4月)もありました。

今から25年前には、
湾岸戦争(1990年8月~1991年2月)が突然に勃発し、
過去とは全く異なる最新鋭兵器を使用しての世界規模の
戦いとなりました。

この他にも、各地で内戦や内紛、民族対立などが発生しており、
一部地域では、今も終結に至っていません。
(あまりの多さに全て書ききれません。)

70年前に世界中を巻き込んだ戦いから、私たちが学んだのは
一体何だったのでしょう。

私たちは「知らない」から、戦争がどんなものであるかを
実感することができません。

動物たちは、縄張りを巡り、メスを巡り争います。
確かに、動物たちは自分が生きていくために戦いますが、
相手を殺してしまうまで戦うことはしません。

では、動物と比べて高尚であるはずの私たちは、どうでしょうか。

言葉というツールを持ち、対話という手段を持つはずの人間が、
武器を手にした途端に、豹変(まさに獣と化してしまう)するのです。

実際に、戦争で勝ち取るものと、戦争で失うものと
どちらが多いのでしょう。

夫や息子が、戦地で勇敢に戦って死んだことを表彰されるよりも、
生きて帰ってきてくれることの方が、妻や母親には何百倍も嬉しく、

命の危険にさらされ物陰に隠れて流す汗よりも、
畑で農具を手にしながら、土を耕して流す汗の方が、
多くの人と収穫の喜びを分かち合えるはずです。

「戦争を知らない子ども」として育った私たちは、
『戦争しか知らないで育っている子どもたち』
いることを忘れないでいたいと思います。

70年を平和の中で、暮らしてきた私たちこそ、「平和」の大切さを
知っているはずなのですから。


何が原因で、あなたがたの間に戦いや争いがあるのでしょう。
あなたがたのからだの中で戦う欲望が原因ではありませんか。
あなたがたは、ほしがっても自分のものにならないと、
人殺しをするのです。うらやんでも手に入れることができないと、
争ったり、戦ったりするのです。
あなたがたのものにならないのは、あなたがたが願わないからです。
願っても受けられないのは、自分の快楽にために使おうとして、
悪い動機で願うからです。【聖書 ヤコブ4:1-3】

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       【内戦で破壊された小学校(南スーダン)】

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