「真の貧しさとは、すでに与えられている潜在能力に気付かず、何も用いないことだ。」
これは数年前にフィリピンの活動地を訪問させていただいた折、首都マニラの北部にあるサンローク地区の水上生活者のエリアで出合った、地域リーダーのゴエゴロ牧師の語った言葉です。
水上生活者のの家は、ゴミとヘドロの海面に板をはり伸ばし、いくつもの小さな家が重なり合うようにひしめいて存在しています。沿岸には風と波で漂着したごみが山のように積み上げられ、悪臭を放っていました。
その町の海岸に向かう通りには、裸足で遊ぶこどもたちと同じ風景にインターネットカフェやゲーム機が並ぶ店舗が複数あり、店内では多くのこどもたちが興じていました。それぞれに費用がいくらかかるのかはわかりませんが、この一つの風景の中にいるこどもにも、お金のある者とそうでない者との生活の違いが浮かび上がっているようです。
そして往々にしてその貧しさの中にある者は、自分たちには何もないのだから仕方がない、何も出来るはずがないとしてあきらめ、そうではない富裕層を羨むことがあります。
しかし、先のゴエゴロ牧師は、目に見える物質的な富だけがその人を豊かにするのではなく、それぞれの人にすでに与えられて居る潜在能力を見出し、それを用いることこそが真の豊さなのだと信じて、大人たちには収入につながるプロジェクトを、またこどもたちには価値観の土台を形成する教育の機会を教会で提供しています。
そして、自らの内にある能力を活用することを通して、持てる者への依存ではなく、そこに生きる人々が自分にもできるのだと変革され、互いに助け合う自立した地域変革が推進されているのです。
この「人が変革され地域が変革されていく」視点と取り組みは、世界の飢餓や貧困の解決への重要な鍵となるはずです。
「私たちは、この宝を、土の器に入れているのです。」 聖書




