ハンガーゼロ アフリカ」とは

気がついたらすっかり秋になっていました。
気がついたらうっかり30歳になっていました。
15の夜が一周してまたやって来ました。
もう盗んだバイクで走り出せません(そんな事したことないけど)。
15歳の頃私何してたかなぁ・・・とふっと思ってみたら、
その頃私に付けられていたあだ名と言えば専ら
「でこ」
「ホクロ」もしくは
「インド人」
であった事を思い出し、特に今と変わっていない事に安堵感を覚えた中秋の名月の今日、9月12日。



話は夏に遡り・・・
時は8月5日。
宮城県女川町へお手伝いに行った時の事。

予定よりも早く現場に着きそうだったので、途中で高速を降りて下道を使って現地へ向かいました。


ひっそりとした町並み。
道なき道。
右を見ても左を見ても、痛々しい津波の痕跡が目に飛び込んできました。
どんどん変わりゆく被災地の「今のこの瞬間」を記録に収めなければと思い、
私は夢中で車の中から写真を撮りました。


しかしながら、悲しいくらいに全く写真のセンスがない私。
いつもシャッターのボタンを押すのが遅れるため、人物を撮るとたちまちみんな白目の半笑い。
そして今回は人は写っていないものの、車で走っていたためさらにタイミングがずれにずれて、
自分が「撮りたい!」と思った景色の3秒後の景色を激写してました。


名古屋に帰ってきてから撮った写真を見てみると、出るわ出るわ。
何がなんだかわからない写真が80%を占めておりました。
しかし、その中に明らかに私が撮ろうと思って撮った写真ではないのですが、
明らかにタイミングがずれてむしろタイミング良く写っていた写真がありました。


人が住めるような状態では全くなくトラックや重機しか走っていなかったはずのその場所に、
小さな人影があり、
祈っているような写真でした。
そこにはきれいなひまわりが咲いていて、
その下には何やら文字が書かれていました。
拡大してその文字を読んでみると、こんな事が書かれていました。

__.JPG



「このひまわりは
地震・津波にも負けず
この地にしっかりと根を張り、
凛とした姿で立っています。
大切に大切にしています。
どうか折ったりいたずらしたりしないで下さい。」


きっとこの方はこのひまわりに水をやるために、
毎日この場所にやってきて大切に育てていたんじゃないかなぁ、と思います。
きちんと支柱だって立てられています。
この方の背景や、ましてやこの方が女性なのか男性なのかもわかりませんが、
きっと困難にも負けず天に向かって凛と咲くひまわりに、
いつか元気に上に向かって力強く生きる、未来の被災地の状況を重ね合わせていたのかも・・・しれません。



この写真を見て、私たち日本国際飢餓対策機構もこのひまわりのような者でありたいと思いました。
活動を進めていく中で確かにたくさんの困難があります。
被災された方の悲しみや苦しみを目の前にして、どうする事もできなくて打ちのめされる事もたくさんあります。
飢餓がなくなるようにと毎日祈っていても、東アフリカでは飢えて亡くなる方が今日もたくさんおられます。

でも、私たちは、それでも、このひまわりのように困難に負けず上だけを見上げて、
その希望を信じて進んで行きたいと思わされるのです。
例え重みに耐えられずに首が下を向いてしまう事があったとしても、
神様からの愛の光を一身に浴びて、もう一度上を向いて伸び上がっていくのです。
何度でも。何度でも。


今日、明日と被災地では復興支援コンサートが行われます。
一人でも多くの被災者の方が、困難の中にあっても上を向いて生きていく希望を受け取って下さったら思います。
その希望を信じる一人一人がつながれば、きっといつの日か世界中に笑顔が広がっていく事でしょう。

つながる心、つながろう世界と!

活動ブログ スタッフ一覧

月別表示