ハンガーゼロ アフリカ」とは

太田 留美子

2011年07月11日

被災者がかかえる不安

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震災発生から4ヵ月になりました。
被災地は日々、復興にむけてあゆんでいます。

東北から沖縄に戻って2週間以上が経過しました。

前回のブログの後半を伝えたいと思いながら、見たこと、聞いたことがあまりにも重く、どのように伝えたらいいか・・・。
色んなことを考えている内にあっという間に2週間以上が経過してしまいました。

結局、見たこと、感じたことを(そのまま)書くことにしました。以下↓

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6月20日、仙台に沖縄からお二人の世界食料デー実行委員の先生方が到着しました。
今後、沖縄でどのような支援をしていくか・・・。
地震の少ない沖縄ですが、ユーラシアプレートとフィリピンプレートがありM8クラスの地震が起る可能性があるのです。
今からそのための備えが必要です。

21日と22日の二日間、先生方に同行させていただき田村総主事の運転する車で、気仙沼、南三陸、塩釜、東松島、石巻、荒浜地区(仙台市)に行かせていただきました。

21日は気仙沼、南三陸へ行きました。
最初の頃、テレビで見た光景と比べるとだいぶ片付いているようでしたが、
気仙沼市最知森合から北へ少し行くと、倒壊した家屋、潰れてしまった自動車、めくれたアスファルト、瓦礫の山が広がっています。異臭もあります。

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【倒壊した家屋:気仙沼市最知】

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【めくれたアスファルト:気仙沼市最知】


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【瓦礫の中から小さな花がしっかりと咲いていました】


南三陸も見渡す限り瓦礫の山で壊滅状態です。実際に目の当たりにすると言葉がでません。

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【三階建ての建物の上に乗っかったままの車:南三陸】


22日は塩釜、東松島、石巻、荒浜地区へ行きました。
多くの児童生徒の尊い命が失われた野蒜(のびる)小学校や大川小学校。

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誰もいない校舎がいっそう悲しみを誘います。

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【野蒜小学校】

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【浸水した職員室の中:野蒜小学校】


全校児童108人のうち、68人が死亡、6人が行方不明になっている石巻市立大川小学校の様子には胸がつぶれる思いがしました。

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【大川小学校】

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【土砂を被って白くなった机と椅子:大川小学校】


あたりは土砂だらけ。
沢山の重機とトラックが異様な感じがしました。

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【パワーショベル】


津波の後、荒浜海岸に「200から300の遺体が浮いている」と報道されたという生々しい証言を聞いて、物資倉庫に来られる方々がかつて住んでいた地域であることから、荒浜海岸を見たいと思い案内をしていただきました。

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荒浜地域は、ほぼ片付けられていて、土台だけが残っていました。
それからもそこが住宅地であったことが分かります。

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【塩を被って白くひび割れた田んぼ?】


物資倉庫にこられた被災者の方が「全部流されて、何も残ってない・・・」と言われてた言葉の意味、その重さを実感しました。


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【荒浜地区から見た市街地の建物】


二日間で三つの教会を訪問し、牧師先生から地震が起こったときの状況や様子など生の証言もお聞きすることができました。
自らも被災者でありながら、ボランティアを受け入れたり、周りの方々に物資を配布したり炊き出しをされておられることも知ることができました。

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【峰岸師(右から二番目):気仙沼聖書第一バプテスト教会 土台だけ残った教会】

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【現在はあいりん社内で礼拝をされている:気仙沼聖書第一バプテスト教会】

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【大友師(右から二番目):塩釜聖書バプテスト教会】

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【伊藤師(右はし):石巻キリスト教会。黄色いつなぎの男性は沖縄からこられてテント生活をしながら大工等のボランティアをされておられる中上牧師親子】


二日間で私が見たもの、聞いたことはほんの一部だけです。
しかし、脅威的な津波の破壊力、そのスケールの大きさを見せられたような気がいたしました。

津波よる浸水面積は青森、岩手、宮城、福島を合わせると401k㎡、500kmに及ぶといいます。

青森:2k㎡、岩手県:49k㎡、宮城県:284k㎡、福島県:67k㎡(合計401k㎡)
※国土交通省国土地理院3月18日発表より(暫定)

沖縄県本島の面積が約1,243k㎡。
約三分の一(南から北へ、北谷と沖縄市の一部まで)が浸水したことになります。

深く深く考えさせられます。


最後に、被災者がかかえている不安の一つに、忘れられていくことの不安があることが分かりました。

石巻キリスト教会の伊藤先生が、『遠い沖縄から。しかもこの時期によく来て下さいました。』とおっしゃられました。
被災者の方々は時間の経過とともに、段々と人々に忘れられていくのではないか。という不安を持っておられるとのこと。

私は、3ヶ月以上が経って被災地を訪れていることに対して、"今ごろ・・・"という気持ちがありましたが、牧師先生の言葉は、遠くから来た私たちを労うものでした。

被災地はまだまだ沢山の必要があります。一人一人の愛が必要です。
このことを通して、覚え続けることと継続した支援の必要を痛感しました。

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【石巻の田んぼ】

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