ハンガーゼロ アフリカ」とは

宮城県から先週無事に名古屋に戻りました。
帰ってきてからのこの一週間、
何だか固まって動かないみの虫のようになっていました。
ちょうど前回のブログに載せた写真の、顔が死んでいるバージョンをご想像して頂ければ、
それがまさに今の私です。


南三陸、気仙沼、東松島、石巻・・・とたくさんの現場を見てきました。
ありきたりの言葉かもしれないけど、その悲惨な現状を見て言葉を失いました。
「ひどい」とか、「ヤバイ」とか、私が持っている少ないボキャブラリーの中にはどれも当てはめる事のできない、
言葉には到底表現し難い悲惨な状況でした。


正直に言うと、私は打ちのめされて帰ってきました。
無力感に打ちひしがれて帰ってきました。
あまりにも現状が悲惨すぎて。
あまりにも人の心の傷が深すぎて。


私は「誰かの役に立ちたい」、「誰かに何かをしてあげたい」と勢い勇んで東北に向かったはずなのに、
何もできない自分を思い知らされて、その高慢な心を粉々に砕かれて帰ってきました。


あるお宅で瓦礫の撤去をさせて頂きました。
はっきり言って、その泥まみれのひどい状況を見て、気が遠くなりそうでした。
でも無言で黙々と作業をするお家のおじさんの小さな、そしてとても悲しげな後姿を見て、
何とかしてこのお家をキレイにしたいと思いました。
しかし、何回瓦礫を運んで外に出しても、何回往復しても全然減らない瓦礫の山。

もっとたくさん運んで、もっとキレイにしたいと思うのに、
瓦礫が重過ぎて、ほんの少ししか運べない自分が悔しくて悔しくて。
力のない自分が情けなくて。


瓦礫を外に出しに行った時、瓦礫のゴミ山の隅でこんな物を見つけました。

東北 053.jpg

それは誰かの大切な結婚式の思い出でした。
津波が来る前の、幸せな日々の1カケラを見たような気がしました。
しかし、少し目を上にやると、360度広がるワイドビューの瓦礫の山、山、山。
その幸せと悲惨さのギャップが大きすぎて、今更ながら「何でこんな事になってしまったんだろう・・・」と、
ゴミ山の裏で一人呆然と立ちすくんでしまいました。


結局、私たちがその日キレイに片付けが出来た部分と言えば、
多分6畳分よりも少ないくらいでした。
たったそれだけしか出来なかったのに、そのおじさんは何度も、
「ありがとう。ありがとう。」
と頭を下げて下さいました。
だけど、「どういたしまして。」と返すにはあまりにも高慢な気がして、
かと言って、「頑張ってください。」という言葉はあまりにも酷すぎて、
ただ無言でペコリと頭を下げて、車に乗り込みました。


あのおじさんは、「ありがとう。」と言ってくれたけど、あれが終わりなんかじゃない。
これからも壮絶な瓦礫の撤去作業が必要になるだろうし、家が片付いたとしても住む場所も仕事もありません。
「これからどうするんだろう・・・」
と考えたら、当たり前だけどやっぱり私にはどうする事もできなくて、
果てしなく続く瓦礫の山を窓越しに見ながら、
無力感を抱えて帰ってきた3日の夜なのでした。

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