ハンガーゼロ アフリカ」とは

吉田 知基

2010年12月13日

My baseball 部 memories

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人に優しくされたとき、自分の小ささを知りました。
3年前の写真見たとき、頭の薄さにひきました。
愛しさと切なさと心強さと吉田知基です。


先日、教会の子どもたちとお洒落な靴でお洒落にサッカーをしていたら、ケガをしてしまいました。
ボールを蹴ろうとしたら、思いっきり地面を蹴ってしまいました。
激しく痛かったのですが、そこは持ち前の根性と健気さで「てへへ」と舌を出しつつ乗り切りました。

終わってから、靴を脱いでみると、靴下が血だらけでした。
靴底の金具的なものが、足の裏にぐっさり刺さってしまったようで、
それはそれは奥深くぱっかり割れていました。

教会の婦人の方に優しく介抱していただきながら、
ケガをするのは何年ぶりだろうと考えていたわけです。


・・・。


さかのぼること中学時代。
私は野球部に所属していまして。
ドがつくほど田舎の小さな小さな中学校だったので、
部員はジャスト9人というギリギリ感丸出しの様相を呈しまくりでした。
中2の頃は1番・ピッチャー吉田でそれなりにがんばっていたわけです。

その頃の私についたあだ名・・・。
当時、ベイスターズの佐々木主浩選手が「大魔神・佐々木」と呼ばれていたのにちなみまして、
私は「骨折魔人・吉田」と呼ばれ、チームメイトに恐れられていました。


中2の1年間で、私は4回骨折するという記録を残したわけです。


記念すべき第1回目は、
ボテボテのサードゴロを持ち前の根性と健気さで1塁ベースに激しくヘッドスライディング。
固定ベースの悲劇。
左腕を剥離(はくり)骨折しました。

さらに左腕完治後、しばらくしてから早くも2回目。
練習試合でセンターフライなのに何を健気に血迷ったのか2塁から飛び出してしまい。
あわてて塁へ戻ろうと猛烈にヘッドスライディング。
固定されてないベースでも悲劇。
右手の人差指と中指の間を骨折しました。

そんなこんなで3回目も、
練習中になんかしてたら、
左手の指を骨折。

そしてついに4回目。
冬の朝の通学途中、自転車をこいでいたら、
右足がぶるんとペダルからすべって前輪につま先がはさまり、意図せぬ急ブレーキがかかってしまい。
勢いそのまま前方に自転車ごと1回転して右腕を地球に強打。
道路脇でもがいていたところを通りすがりの原付おばちゃんに助けられ。
やっぱりこれも骨折・・・。

その1年間はエースナンバーをつけながらほとんどベンチをあたためていた骨折魔人・吉田です。
「吉田は何かもってる」と言われていたような気がしますが、それは間違いなくギブスです。

9人しかいないチームだったため、試合の時は敵チームから助っ人として1人借りていました。
チームメイトにも相手チームにも迷惑をかけ、ある意味恐れられていた骨折魔人・吉田です。


・・・。


そんな懐かしいことを思い出しながら、ケガした足をひきずっている今日この頃です。

ケガをして改めて気づくこと。
ケガをする前はあんなに軽やかに歩けたのに・・・。
ケガをする前って、これほど人の優しさを感じることがあっただろうか・・・。

こんな時こそ立ち止まって日々の恵みに目を向けてみたいと思います。


  『医者を必要とするのは丈夫な者ではなく、病人です。
   わたしは正しい人を招くためではなく、罪人を招くために来たのです。』

                         (聖書 マルコ2:17)

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