ハンガーゼロ アフリカ」とは

吉田 知基

2010年11月16日

That is my funkyで兄

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高校時代のあだ名は「室長」
テレビゲームといえば「信長の野望」
兄貴といえば「吉田信通」の吉田知基です。


2歳年の離れた兄。
彼は高校を卒業してすぐに大阪の街へ行きました。
ベースギターひっさげ行きました。

弟は目の上のたんこぶ的な存在がいなくなって喜ぶ予定でしたが、
あら不思議、意外と寂しさもあり。

幼少期は喧嘩ばかりしていたわけで。

ゲームやおもちゃの取り合い、言葉によるけなし合い...
基本的に負けっぱなし&泣きっぱなしの弟でした。
腕力でも言葉でも勝てないと悟った弟は、いつしか「噛みつく」という技を覚えました。
喧嘩勃発の度に泣きながら「噛むぞー」と叫んでは兄を追いかけまわしたそうで。

それでも何かと意地の悪いことばかりする兄に対して、
弟は完全に嫌われていると思い、兄を完全に嫌っていました。


そんなこんなで、いつかの子ども会夏キャンプでの出来事。
弟は小学校低学年くらいでした。
兄とその友人たちが数人でドッジボールをしておりました。
弟はすかさず仲間に入れてもらおうと歩み寄りました。


      弟: 「僕も仲間に入れてー」

兄の友人A: 「えー、お前投げるの弱いじゃん」

兄の友人B: 「こいつ入れたら手加減しないといかんし、つまらなくなるもんなー」


その反応に弟は悲しくて悔しくて大声で泣きだしました。

すると、「バーンっ!」
突然ボールを地面にたたきつけるものすごい音が響きわたりました。

      兄: 「弟を入れないなら、俺はやめる!!」

そう叫んだ兄が怒りに怒ってその場を去って行ったのです。
弟は去っていく兄の背中を涙であふれた目で見つめていました。
涙による光の反射のせいか、兄の頼もしすぎる行動のせいなのか、
兄の背中がとてもとても大きく、それはそれは輝いて見えたそうです。

兄が去り、彼の怒号にびびった友人たちは、結局弟を仲間に入れました。
しばらくして、兄も戻り、みんなで楽しくドッジボールをして遊びました。


それ以来、弟は兄を噛まなくなりました。


小学校を卒業し、中学に入学すると、
兄が着るような服を着、兄が聴くような音楽を聴いた弟。
兄に追いつこうと必死でした。

いつしかバンドに目覚め、ベースギターにはまる兄。
ベースを練習するために、学校を仮病で休む兄。
曲をつくっては嬉しそうに、弟に聴かせる兄。
自分の出演したライブ映像を弟に見せながら楽しそうに話す兄。

そんな兄が高校を卒業後、大阪へ行ってしまったわけです。
ベースを極めるために。
バンドで夢をつかむために。


弟はずっと応援していました。


・・・


月日が流れに流れて、今年の4月から弟も大阪へ。
今日やっと兄に会うことができました。
兄弟水入らずの楽しい時間を過ごしました。

funkyで兄

状況はいろいろと変わっていました。
少しやせていました。
バンドをやめていました。
自分を責めていました。
目に見えない何かと必死で戦っているようでした。

しかし、相変わらずの私の兄でした。


 『私は勇敢に戦い、
  走るべき道のりを走り終え、
  信仰を守り通しました』

        (聖書 Ⅱテモテ4:7)


走るべき道のりを走り終えるまで今日も明日も
ひたむきに前進していきたいと思います。
幼き頃に見た兄の背中を思い出しながら、
守るべき弱い立場にある人たちを覚えて。

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